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朝日新聞福島版連載のコラムです。(H12年10月19日)

奥会津に棲む神々

奇岩の杜   森の意志に 邪気捨てる

屋根のように見える三石神社のご神体
南会津郡・只見町

  南会津郡只見町。

会津只見駅の南に、こんもりとした森がある。縁結びで知られる三石(みついし)神社が従える、推定樹齢二百年といわれる五葉松が生い茂る森だ。

 ここは福島県の「緑の文化財」に指定されている。

  細い参道は、木々の間に見え隠れしながら小高い頂きに向かってのびていた。登り始めてほどなく、空中にひらひらと揺れる御幣(ごへい)が目に入る。寄り添って天を目指す老杉に張り渡された、一本の簡素な藁のしめ縄だった。大木の結界には、立派な鳥居をくぐるときの荘厳さよりも強く、森の霊気が漂っているようだ。参道はこの老杉の根元を縫って、さらに高みへと誘っている。

  はじめの結界を越えようとして、思わず後ろを振り返った。

  そこでは、夏近い午前の陽光を浴びた丈高い草々が眩しいほどに輝いている。陽のあたる場所はすぐ足元にありながら、すでに別世界のように遠のいていた。

  十一の杉の結界を越えると、神社にたどり着く直前に清冽(せいれつ)な清水が待ち受ける。邪気をひとつづつ削ぎ落とし、残りの一切を水が浄化する仕組みだ。

  見上げると、うっそうとした木々の間からせりだした巨大な岩が、屋根のように覆い被さっていた。これが三石神社のご神体である。神社に至るまでに、二つの岩を通過していた。

  この森には意志がある、と感じる。

  自然の巧みな配置の中で、古来どれほどの人々が幾多の邪気を脱ぎ捨てたことだろう。森にふたをするような圧倒的な存在感をもつ岩の霊気が、ここに至るまでのしくみを作り上げたのではないかとさえ思えてくる。

  奇岩をご神体としてまつり、岩と地面との隙間を埋めるように木製の扉がつけられている社(やしろ)の姿は、全国でもめずらしいという。

  古くから「縁結びの神様」として知られたご神体に、今も真新しいコヨリで五円玉が結びつけられている。岩が雫を垂らしているような不思議な光景だ。

  同行していた若い友人が、ノートの切れ端で急ごしらえしたコヨリを、苦労して穴に通していた。撮影のためのコヨリ結びだったはずが、いつのまにか彼女の表情には、撮影のためばかりではない真剣さが加わったかにみえた。友人のひたむきな願いの場に立ち会ったという思いで、新しく吊るされた五十円玉を見上げる。

  間近で鳥の声がした。


【文・奥会津書房編集部 写真・平田 春男】

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