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奥会津に棲む神々
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朝日新聞福島版連載のコラムです。(H12年5月11日)

奥会津に棲む神々

特別な場所   伝承を生む共通の記憶

国道401号の博士峠から望む天狗岩
=大沼郡昭和村で

 自動車が通る道の白いガードレールの付け根に置かれた新しい花束を見ることがある。交通事故で亡くなった人があったことが推察される。花束が繰り返し供えられると、そこは特別の場所となる。碑がなくても花束を供える人がいる限り、そこを通る人々の記憶に残る。しかしいつしか花束もなくなり、人々の記憶から消えると普通の道に戻る。

 山林労働により、思いがけない人間の死がおとずれた場所は、その地域の多くの人の記憶に残る。山中で、斜面(ヒラと呼ぶ)の場合は「**シンダヒラ」(**は亡くなった人の名前)と地名が付けられ伝承される。山菜やキノコを採る、獣を捕る際に地域の人々は、その地名を話し、山中の一カ所が特定されている。

 山中につけられた地名は、その地域の人々が山との交流を止めた時から消滅する運命にある。それは、事故があった道の端に花束が供えられなくなり、時間とともに人々の記憶から消えることと同じことである。

 「特別な場所」は「聖地」として、あるいは「カミ」が棲(す)むところとして地域の人々の共通の記憶に刻まれる。また伝承のための仕組みが備 わっていることがある。

 博士山にてんぐをまつった人々の子孫は今でも「天狗(てんぐ)様祭り」を続けている。

 人々が記憶している限り奥会津にすむ「カミ」は生き続ける。

【文  菅家 博昭    写真 平田 春男】 

 

 自然の諸相の中から神々の息吹を受け止め、太陽や月、山、川、木々にも神様が棲むと信じて暮らす奥会津の人々。

 見えざる者が座る特別な場所は、人間がみだりに踏み入ることを拒む浄域である。自然に対する深い信頼と恐れが、精神文化の根っこを支えてきた。

 地域の文化を見つめ直す奥会津書房の作業は、特殊なものを掘り起こすことではなく、どこにでもある普遍性を探る作業である。忘れかけたものを思い出すことで、子供たちが歩く遠い未来に、わずかな明りをともし続けたいと願っている。 この連載は「奥会津書房」が執筆します。奥会津書房は一九九八年四月、有志が設立した出版グループ。自らの地域を見つめ、出版活動を通した人と人とのネットワークづくりと、情報発信を目的に活動しています。

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